先日、知人の俳優さんが出演されるということで阿佐ヶ谷まで演劇を見に行ってきました。
RAPUTAという建物の地下にある「ザムザ阿佐ヶ谷」という小劇場だったんですが、ここはいろいろと面白いですね。
一番前の列が空いていたので適当に座っていたんですが、開宴間近になるとお詰めくださいということで詰めていくとど真ん中の一番前という席に落ち着きました。。
ステージと続きにある席なので俳優さんたちとものすごく近い近い。
緊張しますね。ライブ感がすさまじいです。
ただ、なんでしょうね、物理的にはものすごく近いんだけど、心理的にはものすごく遠い、演者と観客の距離感、あそこで僕が少しでも動いたら干渉してしまうような位置です。でも、決して入ってはいけない。。
良い俳優さんが多く良かったですね。
「矜持」という言がこの劇を見てから最近よく耳に入ってきます。
翌日は、兄の知人が主催されるということで霞ヶ関のホールで行われる数百人規模の講演会に参加してみましたがとても刺激的でした。あんなにプレゼンのうまい人にお会いしたのは初めてです。
阿佐ヶ谷と霞ヶ関の2つの集いのスペース。
空間としてどちらが魅力的かといえば間違いなく阿佐ヶ谷でした。
最近、はまっているふたりの映画監督
アレハンドロ・アメナバールとスザンネ・ビア
ここ数ヶ月DVDを借りるときはこのふたりの作品ばかり観ていました。
もう、全て観てしまったのですが。この監督たちの作品は好きなのばかりです。
建築家の先輩方は、キューブリックの「2001年宇宙の旅」やリドリー・スコットの「ブレードランナー」が好きな方が多い気がします。
ぼくは、べたに「ニューシネマパラダイス」が大好きなんですね。
あとは、思いつくままに
観た時期はばらばらですが、
ケイポラック監督「歓びを歌にのせて」
ルイス・マンドーキ「イノセント・ボイス」
ジャン・ジャック・ベネックス「ベティ・ブルー」
ロン・ハワード「ビューティフルマインド」
ウォン・カーワィ「花様年華」
ボン・ジュノ「殺人の追憶」
ヴィム・ベンダース「ミリオンダラー・ホテル」
是枝裕和「誰も知らない」
西川美和「ゆれる」
今敏「東京ゴッドファーザーズ」
・
・
・
・
まだまだ続く
高校時代に観たものもあるので再度みると、刺激の受け方が違うのでしょうね。
自分が変化する以上、すべてのものはやはり相対的ですから。
今日は、昨年大変お世話になった施主さんにご招待いただき手料理をいただきました。
カレーをスパイスの調合からつくってらっしゃって驚きました。
ナンも最初から手間をかけて焼きたてです。
味も抜群!
個人的にカレーが大好きなのでたまらないランチでした。笑
実際スパイスから仕込むと数時間はかかるそうなので休日の貴重な時間をつかってわざわざご馳走して頂き感謝です!
週末は、知人のご紹介により植田実さんの写真展―「空地の絵葉書」を拝見しに青山のギャラリー<ときの忘れもの>へ
ギャラリーの扉をあけると「こんにちは!」と植田さんが声をかけてくださったので、びっくりしました。まさか、いらっしゃるとは思わなかったので。恐縮です。
今回は、いわゆる建築写真ではなくて植田さんが旅をされた中で撮りためた写真の展示会でした。良い写真がたくさんありました。
やはり、自分と比較するのもなんですが見る部分が違いますね。
ギャラリー→サイト
ひと通り拝見してから次にリニューアルオープンした根津美術館へ。
建築や庭園も含め素晴らしい場になっていますね。
やきものに関しては素人のぼくでも感動しました。
とくに中国古典に興味のある自分としては商や周の時代の青銅器
が良い状態で実際にあることに興奮しました。
植田さんの展示会は先週末でクローズですが根津の現在のプログラムは2/28までやっています。
アバターを観てきました。
すごいですね~。
アバターは映画館で3Dで観ないと意味がないでしょうね。
新年早々ものすごい刺激をもらいました。
エイリアンに出ていたシガニーウィバーがエイリアン役なのは
何か面白い意図があったかもしれないですね。
明けましておめでとうございます。
昨年は新年早々に祖父が亡くなり大変な新年となりましたが
今年は親戚一同何ごともなく過ごせました。
2010年は節目の30歳になる年です。
例年以上に目標設定に時間をかけました。
昨年は,いろいろな領域に足を運んでみました.
自分の可能性を広げるのは意外と簡単で,
知らないところに行けばいいと自覚しました。
今年もさまざまな方との出会いを楽しみに励んでいきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨日は、集合住宅のリフォームの現場で今年最後の監理をしてから六本木のショールームへ行き、いろいろ確認。
仕事場へ戻る途中、今年ものすごくお世話になったYさんよりお誘いを受けて代官山のTableaux Loungeで行われる目黒ベンチャーズのライブへ。目黒ベンチャーズは結成45年というベテランバンド。おそらく60近いと思われるみなさん、良いです!
とくにドラムのカンノさんのパワーにはすごかった!
うーん、45年も仲間とこうやって活動ができるのは、この上なくかっこよく、幸せなことだなと深い感慨に浸りました。こんなとき、サミュエル・ウルマンの「青春」を思い出します。今年は、この青春の詩になぜか触れる機会が多かったです。野村監督や安藤忠雄さんも著書で引用しています。若いからとか年だからとか関係無いのですね。
その後、Yさんに誘われるがまま赤坂にて4人で食事。
職だけ見ると意外な組合せ。そんなのは関係無く非常に面白かったです。
今年は、仕事以外では人に誘われるがまま、勧められるがままに行動したように思います。まず自分の信頼のおける方たちと付き合えば、あとはその言にまかせて漂流してみる、そうするとみなさんが思いがけない新しい発見や出会いをもたらしてくれました。
建築を考えている人間としては訪れたことの無い「空間」で馴染みの無い「音」を聴きながら会ったことの無い「人」に会い、感じたことの無い「味」に触れながら話したことの無い「情報」を交換するのは最上級の贅沢です。
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「青春」 サミュエル・ウルマン Wikipediaより引用
青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。
若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、安・易(やすき)に就こうとする自らを戒め、冒険する心を忘れてはならない。
人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。
歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。
悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。
六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。
人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。
自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。
希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。
自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、その人は若いのだ。
感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。
そのような人は神様のあわれみを乞うしかない。
原文「Youth」 Samuel Ullman
Youth is not a time of life; it is a state of mind; it is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees; it is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions; it is the freshness of the deep springs of life.
Youth means a temperamental predominance of courage over timidity of the appetite, for adventure over the love of ease. This often exists in a man of sixty more than a body of twenty. Nobody grows old merely by a number of years. We grow old by deserting our ideals.
Years may wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, fear, self-distrust bows the heart and turns the spirit back to dust.
Whether sixty or sixteen, there is in every human being's heart the lure of wonder, the unfailing child-like appetite of what's next, and the joy of the game of living. In the center of your heart and my heart there is a wireless station; so long as it receives messages of beauty, hope, cheer, courage and power from men and from the Infinite, so long are you young.
When the aerials are down, and your spirit is covered with snows of cynicism and the ice of pessimism, then you are grown old, even at twenty, but as long as your aerials are up, to catch the waves of optimism, there is hope you may die young at eighty.
第六回 善竹富太郎の狂言会「SORORI」を観に国立能楽堂へ行ってきました。
いつものように初めて訪れる場所には少し早めに行って周辺をぐるっとまわる散歩から始まり、途中で有名な建築物を発見したりと散歩得をしてから友人たちと待合せ入場。
初狂言でしたが、ものすごく良い刺激を頂きました。
最初に主催者の富太郎さんのイントロデュースがあったので入り込みやすかったです。
「狂言とはコメディである。」富太郎さんはおっしゃっています。
確かにコメディでした。笑えます。
次回は春にやるそうです。
興味のある方も無い方も一度観られることをお勧めしますよ。
ここ数日、目にしたり耳にしたりする情報に「伝統と革新」という言葉が違う場所や人、まったく違うシチュエーションでなぜか自分に伝達されてきます。
それらの言葉を統合してみるとまったく同じ結論にいたります。
伝統とは変化させずに守り、持続されるものではなく、継続的に変化する、いわば「革新の連続」であるということです。
新しいことを考えることは、実は古いものを壊すのではなく、守っているのかもしれません。
週末は最近仲良くさせて頂いている水町さん主宰の劇団「アロハ工房」の観劇に行ってきました。うーん、芝居って良いですね~。エネルギーが生で伝わるというか、とにかく刺激を受けます。間とか、演者と客との関係性が刻々と変わるのを感じるのも楽しい。先日あった役者さんも演じるとまったく違うのにも驚きました。
水町さん曰く、演劇も建築と似ていると、図面という脚本があってそれをもとに役者や音楽、照明といったスタッフ全員が力を出さないと良いものができないと、確かにその通りだと思います。建築図面はコミュニケーションツールですが、脚本もそうかもしれません、それぞれの読み取り方がクリエーションに作用します。
結局、クリエーションとはコミュニケーションなのかもしれません。
23日は、結婚式に行ってきました。
3日前ぐらいに新郎から乾杯+短いスピーチの緊急発注を受けて快諾はしたものの、たまたま週末が忙しかったので前日の夜に簡単な原稿をつくって臨みました。明らかに準備不足でしたが喜んでもらえたようなのでよかったです。
結婚式というのはいつ参加しても感動的ですが、今回とくに印象的だったのが新婦のお父さんと引き出物です。
新婦のお父さんは、非常に控えめな方で帰りの挨拶をしたときも、もの静かに反応される方でした。式が終わり会場の目前にある東京カテドラル聖マリア大聖堂に寄ってから帰り、引出物を開けると中には燃え立つような陶器が。実は、この引き出物は新婦のお父さんがつくったもの。来場者ひとりひとりに対して「想い」を込めて轆轤に向かい、一生懸命つくられたのだと想像すると、とにかくぐっときました。そして、梱包には取り忘れたと思われる付箋に「大平」と書いてありました。おそらく焼きあがった陶器をみて新郎新婦でこれは誰向きだとか選んで梱包を手伝ったのではないかと想像すると、そこでまたぐっとくるわけです。
そもそも引き出物とは何なのか?少し調べたら由来は、平安時代、遠方から来たお客さんに対して主人が庭に馬を「引き出して」贈ったことからきているらしいです。
時代は変わり今ではカタログ+お菓子が一般的かと思いますが、今回は記憶に残る想いを同時に頂いた感じがしています。
マイケルジャクソンのドキュメンタリー映画「This is it」を観てきました。
はっきり言ってぼくは、まったくファンじゃなかったですし、むしろこどものときに見たマスメディアの映像によってネガティブなイメージをもっていたと思います。
それが映画をみて一転ファンになりました!
世界中の人が熱狂するわけが少しわかった気がします。
映画の最後にはこのすばらしいエンターテイメントが実施されなかった無念さなのか猛烈に悲しくなりました。とにかくいろんな感情が起こりました。
いやー素晴らしかった。
上映が今月28まで延長されたようなのでまだの方は是非観て下さい!
建築界以外に、チームで建築設計が行われることがあまり浸透していませんので今日はそのへんの紹介です。
建築設計は、だいぶ前から分業化され、より高度な専門知識をもったプロたちがチームをつくって建築設計することが当たり前となっています。
最近は、さらに分業化が進み、大きな建築になると様々な専門家がチームとなってプロジェクトにあたります。
そのチーム構成ですが主に、意匠(デザイン)、構造、設備、照明、ランドスケープ(外構計画)、音響etc、、、。建築が大きくなるにつれてチームメンバーも増えます。
建築家+構造家(構造設計者)が最小のチーム構成です。
たとえば、東京・原宿駅近くにある代々木体育館。
代々木体育館は、丹下健三さんの設計で有名ですが実は、そのチームには世界的な構造家である坪井善勝さんという方がいました。
シドニーのオペラハウスはJorn Utzon (ヨーンウツソン)の設計で知られていますがオヴ・アラップという構造家が協働しています。
次にそれぞれのチームメンバーの担当領域を書きますと
意匠設計/建築家:プロジェクト統括、主に意匠(思想も含めたデザイン)。
そして、クライアントから施工者、設計チームなどと協力しながら設計に関する意思決定をしていく役割も担います。
構造家:建築を構造的アプローチから担当する専門家。単に構造計算だけをする人ではない。建築家の考える空間を構造的見地からより合理的に、時には、飛躍させて、建築を実現に導く実はとても創造的な仕事。(何年か前に大事件を起こした人は構造家と言いません。たまにこの事件を引合いに出す方がいるので念のため。。)
設備設計士:建築の設備(空調・給排水・電気等)を担当。意匠や構造を捉えながら建築に必要不可欠な設備を合理的に建築に組込む役割を担う。
と書いてくと少し伝わりずらいと思うので
もう少しわかりやすくイメージしていただくのに映画などでもっと広く浸透しているであろう医師のオペチームの構成を想像していただきたいです。
日本の医師の大半は、大学で医学を6年学びます。一通りの知識を修得し、研修を経て医師免許をとり自分の選択した専門の道へ進みます。
外科医、内科医、麻酔医と様々な専門医師が分業し、医療にあたっています。内科もそうですが、外科医などは、さらに脳外科医や血管外科医など人の部位によって専門が枝分かれしています。
内科医などの診断を経てオペが必要判断されれば、手術を執刀・総括する外科医をはじめ、麻酔科医、医療設備を扱うME(臨床工学技士)、看護師などがチームでオペにあたります。
建築もこれに似ています。
建築においても学部4年間で一通りの建築学を修得します。そこから、意匠、構造、設備、都市計画、不動産などに分かれていきます。最近まではより専門性の高い大学院修士課程まで進学して計6年間学ぶという学生が増えていました。
※欧米は、元から建築学は6年コースが多いのですが建築学の領域が日本と違います。
そして、建築の設計をするときに各分野の専門家が集まりチームをつくり仕事をするわけです。
ここで補足しておきたいのは、分業化されているからと言って他の領域のことがまったくわからないのではなく、建築家、構造家などは、お互いの仕事の元となる体系化された建築学を修得しているからこそコミュニケーションが成立するわけです。
分業化することで、より高度な専門知識や技術が深化・発展するのは、すべての分野でそうですよね。
補足:
医師も建築家も国で定められた学校などで6年学び免許取得するのが主流ですが、他の方法でなる方もいます。
日本の医師は、医師免許をもっていれば診療科をとわれないようです。
米・英・独は、診療科ごとに専門医免許が必要です.
とくに、イギリスは、一般医療と専門医療に明確にわかれている。
建築士免許が最近改正されました。
一定規模の建築は、構造設計一級建築士や設備設計一級建築士という
新しい資格をもった専門家の担保が無い場合、建築できなくなりました。
この改正が良いかは、別として、法律においても建築の分業化がより確立されたといえます。
ここ数ヶ月、建築専門外の方に会う機会がたくさんありましたが、やはり建築設計・監理業についての認知度が低いと感じました。どこからどこまでやるのかとか、報酬はどう決まっているのかとか、自分から見ても非常にわかりずらい業界です。ここ数年の間に建築関係の法規もだいぶ変わりました。ご存知のように政権が交代して、最近の大臣の発言を聞いてますと来年度ぐらいにはまた、建築基準法の改正がされるようです。業界全体が???な状況がここ数年続いたのが正直なところです。なので、一般の方が知るはずもないですね。。。
建築設計・監理業について認知度向上のために少しずつ書いていきたいと思います。
歌舞伎座へ「芸術祭十月大歌舞伎」を観劇してきました。
最近は、コンペが重なったため、徹夜気味でしたので、危ないなーと思いながら入場。
2幕目までは、楽しんでましたが、3幕目からは意識がどこかへ行きながらの鑑賞。
気づくと周りの方々も結構こっくりしている人が多かったです。
休憩いれて5hほどのショー
ですからね。
歌舞伎の舞台構成は、おもしろいです。
花道は、能の橋掛かりから来ているそうで、当たり前にあるものですが、素晴らしいアイデアだと思います。
それにしても大向うから発せられる掛け声は良い。
いつか「○○屋!」って、掛け声をあげてみたい。
先週末は、兄に声をかけてもらったイベントへいってきました。
素晴らしい取組みをしていました。今後も、面白くなって行くのでしょう。
たくさん人と出会い、刺激をもらいました。
主催者のみなさんに感謝です。
建築の設計は、いくつかの前提条件があってそれを踏まえつつ設計するわけですが、将来(今日は目安として200年としてみます)、その前提条件が前提ではなくなる可能性が大いにありえます。
□気候の変化
気温、湿度、○○気候、四季、、、。
今、地球人ほとんどが共有していることなのでイメージしやすい条件です。今後200年日本に変わらず明確な四季があるか?と問われると必ずあるだろうとは言えません。もしかすると新しい気候が生まれ、今考えられている200年住宅ではとても住めない状態になるかもしれません。
□材料資源の変化
石油などの200年の間に枯渇するであろう資源でつくられている建材の使用に関しては、考えなければなりません。代替の利く納まりや材料を見越して使うなら別ですが。
□人の変化
ここまで来るとSFの世界ですが、「攻殻機動隊」のような半機械化された人などのフィジカルな「身体」の変化、なんらかの進化による人の「知覚」の変化、あるいは、人の「スケール(サイズ)」の変化
そして、生物としての「寿命」の変化
□重力の変化
さすがに、数百年の間に地球においては、ここまでの変化は考えにくいでしょうが、建築家(建築家という職業があり続ける保障も無いですが)が普通に宇宙建築を考えるときはすぐそこまで来ているのではないでしょうか。
こんな風にいろいろ連想していると、結局、1000年後ぐらいには、人類の建築というのは大昔の洞窟、雨や風をよけるシェルターとしての機能のみ、ここに戻るのではないか。そんなことも思ったりします。
前提条件とされるものを疑ってみる、あるいは無くしてみる、変化させてみる、こういった思考(想像)もときに必要ではないでしょうか。そこで、本質的に変わらない条件を見つけられたらそれを種にして創造できるはずだと考えています。「友愛」なら友愛をもとにしても良いと思います。
逆説的に今言われている200年住宅が可能かどうか考えてみる、あるいは代替のアイデアを出してみるなど、勝手に提案してみることが良い思考トレーニングになります。やっぱり、批判するだけじゃもったいないですしね。
8末に「Rent」を観に赤坂ACTシアターにいってきました。
これも、映画がきっかけで実物を観てみたいと思っていたミュージカルです。
素晴らしかった!
パフォーマンスは、抜群だったとおもいます。
さまざまな状況が同時併行して演じられ、そこで物としてある「机」が本来の機能を超えて、舞台の上に舞台をつくっているというところが個人的には面白かったです。
ぼくは、まだ2回しかミュージカルというものを観ていないのでよくわかりませんが、通から観てもかなり質の高いパフォーマンスだったようです。
ACTシアターは1300席ほどの劇場で、プロセニアムアーチがあまり見たことの無い設計でした。今回の演目には大丈夫でしたが、他の演目のときにどうするのかが気になります。
次は歌舞伎にいく予定です。
週末は六本木などにいくつか展示を見に行きました。
まずは21_21の「骨」展へ。
ここの展示は、企画によっていろんな方の作品がみれるのが楽しいですね。
しかも、ディレクションが良いので展覧会としてもまとまって力があります。
次に国立新美術館の「光」 松本陽子/野口里佳 展
野口里佳さん、とてもよかったです。
まったく知識無く行ったのでこれから調べたいと思います。
初めてミュージカルにいってきました。
演目は「A CHORUS LINE」。
場所は渋谷のオーチャードホールです。
ホールは、最大2150席のシューボックス型で、今回、オーケストラピットを使って音響機材を扱うスペースを確保していたので1950席程度だったと思います。基本設計までしか計画したことはありませんが、劇場の計画はとくに難しく、通常様々な専門家が集まって設計されます。扉の開き方から座席配置、通路、舞台の見え方、形態などの基本的な計画からバックヤードの搬入、避難、防災計画、音響、空調、照明計画、反射の無い仕上げ、、などなど非常にデリケートで検討する箇所が多岐にわたります。
そのため、当然見るべき箇所もたくさんありますが今回はあまり時間も無く客席側を少し見てすぐ座席につきました。1階の後部がセンターでブロックが分かれていたのは意外でしたね。
先日、コーラスライン再版のオーディションを撮ったドキュメンタリーを見る機会があって、ものすごいエネルギーで打ち込むダンサーたちに感動しました。是非、実物をみたいと思って、だいぶ前にチケットをとったのですが、海外ツアーはまったく違うキャストということで残念でしたが、楽しめました。突然、踊ったり歌いだすのにはまだ慣れませんが、ダンスも歌も素晴らしく、違う世界を見れました。その日はトークショーもあってその中で、映画版(80年代)のコーラスラインに出ているグレッグ・バージがマイケルジャクソンのBADの振付をやっていたというのを聞いて、なるほどダンスが切れすぎているわけだと、よくダンスもわかっていない自分が妙に納得しました。映画版のリッチーことグレッグ・バージのダンスは動きが尋常じゃないです。笑
諸事情によりしばらく自宅にて活動することにしました。
諸事情といっても固定費を圧縮し、近い将来のビジョンを現実にするためというのが主な理由です。
HPの訂正も製作者の方が多忙につき時間がかかる予定です。
問い合わせにつきましては引き続きContactのメールフォームをご利用ください。
どうぞよろしくお願いいたします。
昨年に続き、<劇団、本谷有希子>の第14回公演「来来来来来」を観劇しに下北沢の本多劇場に行ってきました。下北沢とはあまり縁の無い生活で、ほぼ覚えの無い街です。
駅を降りて、少しぶらつくと今更ながらインパクトがあって魅力的な街だと感じました。
歩いて、1分しないうちに片桐はいりさんに人生3度目のすれ違いが起こったインパクトは、ともかく、街のスケールが小さく感じましたね、ひとつのビルのグラウンドレベルのファサードが脈絡無くいくつにも分割されて、小規模で個性的な店舗にスケールが縮小していっている様が、実はビルを分割しつつも街としての全体性を獲得しているという一見相反するような現象が街並みをつくっていると感じました。これらのことは道路幅が狭いのが主要因でしょうね。
さて、下北沢のシンボルだという本多劇場。外観からしてレトロな建物で昭和臭ただよう感じです。1982年に開演したらしいので築27年というところでしょうか。外からは、どういう向きで舞台が組み込まれているか正直わからなかったです。インテリアは、年期の入った感じでシートには毛玉が発生中。哀愁漂います。380席ぐらいの小規模な劇場。座席が舞台から2列目だったのですが、座った瞬間に足元に戸車が見えたので可動式席だと理解しました。前の平場がすべて可動式だと思います。
上手側でしたので、下手で演技されると前席の人の頭にかぶって見えないのだな~と思いつつも上手での演技が多かったのでかなり近いところで細かく見れました。
みなさん良かったですが、あいかわらず吉本菜穂子さんが良いな~と思いました。松永玲子さんもインパクト大です。
約10年間auを使ってましたが、この度MNPでsoftbankに変更しました。
通常、他社間でも電話帳が移行できるらしいのですが、なぜか外部からロックがかかっていてできないとのこと。。タッチパネル操作も不慣れでうまくいかず、今は、1から電話帳を移動する気になりませんので、しばらくmedia skinを電話帳代わりに持ち歩くことになりそうです。
でも、i phoneは良いですね!!操作に慣れれば期待通り便利なツールになりますね。
週末に西川美和監督の「ディア・ドクター」を観てきました。
かなり良かったです。内容には触れませんが、撮影場所がとても美しいですね。
広島から到着後、ホテルで一泊した翌朝、路面電車とタクシーで五台山は牧野植物園に向かう。
牧野植物園
展示内容も場も素晴らしくもっと滞在したかったのですが、坂本龍馬好きの自分が抑えられず坂本記念館へ。下山するタクシーの運転手さんと龍馬談義に花を咲かせ途中、武市瑞山邸跡の看板が見えたため反応したら連れて行かれそうになったので、時間が無いことを伝え直接桂浜の坂本龍馬記念館へ行ってもらいました。展示空間と展示物の乖離を感じましたが一通り楽しんで、高知駅へ。駅のカフェで休憩したのち、まだ上がっていなかったホームへあがり架構をみる。
そこへ乗車する電車が登場。
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アンパンマンがきた。。
ジャムおじさんも。
乗込むのは、スーツの方ばかり。乗客と電車の乖離を感じます。
社内に入り見上げると
久しく食べていません。
途中駅で小さい子に何回か手を振られながら岡山で乗換え東京へ。
翌日、広島市から島根県益田市へバスでへ向かう。
山間を抜けて目的地に近づくにつれて、美しい赤茶の石州瓦で統一された、家並みがあらわれます。
3時間ほどで目的地である島根県芸術文化センターの前に。石州瓦で覆われた外観は、見たことの無い輝きを帯びていて非常に魅力的です。期待を膨らませて敷地内に入り、アプローチの階段をみたときに???と疑問が出ましたが、それは後で施設の方のお話で納得できました。
島根県芸術文化センターは、石見美術館といわみ芸術劇場からなる芸術文化施設で総工費168億円を投じた2万㎡近い延べ床面積をもつ大きな施設です。久しぶりにこれほど、大きい施設を訪れたと思います。
エントランスから気持ちの良い中庭に入り周囲を見渡すと、この建築の構成がはっきりわかります。
美術館は、企画展がちょうど終わったらしく、常設展のみまわりました。展示室のひとつは、バルセロナのミロ美術館と同様に扇形断面のハイサイドライトが使われていて10年前に訪れたのを懐かしく思い出しました。
その後、大ホールの見学をお願いしました。通常は、予約が必要とのことでしたが、快くみせて頂きました。----だからといって言うわけではないですが、この施設は、従業員みなさんの印象が良かったです。----大ホールを施設の方にご案内いただき、設計図や書籍などでは知りえない、ユーザー側、管理側の視点から貴重なお話を聞かせていただきました。この施設が長い間活躍することを願い、帰路に。
この建築を訪れるためだけに往復6hもかけて広島から来たかいがありました。そして、帰りのバスへ乗り、広島で乗り換えてそのまま高知へ。
ハード。笑)
45m四方の中庭
大ホールホワイエ
1500席の大ホール
ライブラリーと一体となった美術館ロビー
夕食後、もうひとつ寄っておきたい場所があったので、
またまた、徒歩で平和公園へ向かう。
今回で、おそらく3回目、8年ぶりぐらいかと思う。
夜の原爆ドームをみてから、ピースセンターへ
夜見るのは初めてです。
暗いからこそ、この建築のプロポーションが純粋に見えます。
暗いからこそ、気づくことがありますね。
以前来たときは気にならなかったピロティの高さが気になり、
戻ってからピロティの高さに関する資料を探しました。
広島ピースセンター
今週始めから私用で広島に行ってきました。
その足で島根や高知にも寄って前から訪れたかった建築をまわって18日の深夜に帰ってきました。見てきたものをいくつか紹介します。
17日お昼に用事が終わった後、夜の用事まで少し時間がとれたので設計に携わるかもしれない敷地を確認しにホテルから徒歩で移動。
ぼくは、知らない土地を訪れた場合は、時間が許せば歩けるだけ歩きます。
その方が街をゆっくり見れて気づくことが多いですし、歩きながら考えられます。
特に、仕事に関わる場合は、街の雰囲気を感じるためある程度の距離から必ず歩いて向かいます。
地図で大まかに確認した後、敷地に向かう途中、おいしそうなパン屋があったのでおやつがてら買って、なんとなく適当な場所を探してパンをほおばりながら顔をあげると、「あっと」、ある建物に気づきました。
目の前に村野藤吾さん設計の「世界平和記念聖堂」が。。
「お前パンなんか食べてないでこの建築を見ろ」と言われた気分です。
前から訪れたいと思っていた建築をあやうく見逃すところでした。
良かった歩き得だと思ったと同時に自分のうかつさにがっくりしました。
この建築は、村野さんの展示会を東京で見てから訪れたいと思っていた建築のひとつです。
時間を確認して迷わず突入。きょろきょろしているとボランティアのガイドさんが案内してくれるとのこと。
それも運良く、前の人のガイドがちょうど終わって戻ってきたところだったようです。
このガイドさんが面白い。この建築を建てるときのエピソードから建物の細部の物語まで話してくれる。
45mの塔の施工に関わった人の話からドームにつけられたフェニックス像まで、本で読んだり、ひとりで見ていたら知る由もないことをいろいろ教えていただく。
ざっと見せていただいてお礼を言った後、
「ぜひお友達にもここを紹介してください」とガイドさんがおしゃったので「もちろんです」と約束をしました。
みなさんも、広島に行かれたらこの場所を訪れて「桂さん」というガイドさんを探してください。きっと良い時間がすごせます。
世界平和記念聖堂
内部
より高く見せるため先端に向かって細くなっている
塔に設えられた十字架
帰りに、桂さんに聞いた教会の書店に寄って資料を購入。シスターが書店の店員?でしたので若干とまどいましたが、今日は初めてですか? はい、今日は建築を見学にとなんとなく会話を続けて、最後に「良い建築を建ててくださいね。」と笑顔で言っていただけました。
そのとき、シスターにもらった紙にこう書かれていました。
平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。
(マタイによる福音書5章9節)
世界平和記念聖堂
設計1948年~1949年 1954竣工 RC造、一部木造/地上3階
原爆の犠牲者の慰霊追悼と世界平和のシンボルとして原爆を体験したフーゴ・ラサール神父が建設を決意し、コンペを開催するも一等に該当者が出なかったため、審査員のひとりであった村野藤吾氏が設計をすることになった。
最近、読んだ「フェラーリと鉄瓶」/奥山清行 著 がとてもおもしろかったです。
奥山さんは、GM、ポルシェのデザイナー、ピニンファリーナのデザインディレクターを経て独立,現在、幅広く活躍されているデザイナーです。
モノを生み出すところから経営にまでおよぶ話は、!!となる部分も多く、様々な国/状況でモノをつくってきた発言には、強さがあります。
「なぜフェラーリは高くても売れるのか」という章では、
フェラーリのビジネスモデルの話が出てきますが、なるほど~の連続です。
F1からホンダが撤退する状況でも、なぜフェラーリがF1に参加し続けるのか?その理由もよくわかります。
あとがきにある
「長く愛され、人に使い続けてもらえるもの。今日よりも明日の暮らしを、より豊かにしてくれるもの。それらを生み出すことができれば、デザイナーにとっては何よりの幸せです。」
という発言には、深く共感します。
モノより人ではなく、あえて「人よりモノ」という発言をしてきた
奥山さんの「強さ」を知りたい方はぜひ。
カッシーナにいる友人の紹介でカッシーナ展を見に六本木ヒルズまで行ってきました.
見慣れた名作から初めて見る作品まで展示してあり、楽しめました.
ただ、個人的には、触って、座りたい衝動が終始あったため、欲求不満になりましたが。笑) (※一部の家具には座れます。)
特にA.R.D.I.T.Iの「メモリア」は、座ってみたかった。
「・・・座ったときに表面に写し取られたかたちを、そのアームチェアの唯一の記憶として留めておこう・・・現在だけでなく、未来にも一度たりとも同じ形状を残さないということなのだ」
というコンセプト文には惹かれます。
06月07日(日)までです。
最近、「楽毅」(宮城谷昌光 著)という紀元前3世紀ごろの中国に
おける名将を描いた作品を読んでから中国古典にはまっています。
続いて 「孔子」(井上靖 著)を読み、少しずつ枠組をインプット中です。
今年は、宮城谷昌光作品を多く読む年になりそうです。
商の湯王あたりから「レッドクリフ」で盛上っている三国志まで
頭の中でつなげられれば熱が治まりそうです。笑)
ふと、司馬遼太郎は、なぜ「項羽と劉邦」を取上げたのかと気になります。
作品のほとんどが日本史だと思います。
ぼくは、たまたま読み始めましたが、
中国古典は、今の時代読みこむのが良いのではと感じています。
アパートメントSの写真をHPのWORKSにアップしました。
アパートメントS
設計監理:大平貴臣、丸吉泰道
構造設計:大塚建築構造設計室
写真 :中川敦玲 (一部を除く)